おじいちゃんになったワシは孫や息子から、
ずっとずっと大切に保管し続けてきた日本画を邪魔者扱いされて非常に困っているんです。

どうしてワシが集めてきた日本画を粗末に扱うのか不思議でならないワシですが、
息子や孫の意見を無視するわけにもいかず、とても困惑しているのです。

もしもワシが息子や孫の意見に無視をし続けたなら、
きっとワシがポイされてしまう気がするからです。

ちなみに、孫と息子の言い分は、
一日も早く日本画をどうにかして欲しいとの要求なのです。

どうにかして欲しいというのは、
つまり日本画を処分してほしいと言っているのだとワシは感じているのですが、
それはあまりにも辛すぎる話です。

しかし、このままでは息子や孫に日本画を捨てられるのも時間の問題だと感じたので、
それなら自分で売りに行ったほうが後悔しないと感じたワシは大阪の繁華街、
難波にある買い取り屋さんまで大切な大切な日本画を売りに行ってきたのです。

ワシは日本画の価値を誰よりも詳しくわかっていたので、
どんな値段をつけてくれるか気になりましたが、
とても良い金額で買い取りしてくれたので安心しました。

中国から伝わった山水画を日本独自の文学とした雪舟は画家としては遅咲きだった。
そもそも雪舟は、涙でネズミの絵を書いたという逸話が残っているように、絵は相当上手かったと言われている。
雪舟は京都の相国寺で山水画の勉強を始めるのだが、全国各地からライバルが集まって来ているので、その中で雪舟はずば抜けて上手いとは言えなかった。
その上、京都の都では権力争いが始まったので雪舟は京都を離れることを余儀なくされた。

次に雪舟が身を寄せたのは山口・大内氏。
都から下ってきた雪舟は大内氏にとって便利な人物だった。
当時、明との貿易が盛んだったため雪舟の書いた山水画は大変重宝され、また仕事もこなすのでお気に入りの人物になった。
そして雪舟に転機が訪れる。
大内氏の派遣する遣明船に乗れ、中国に渡れるというのだ。
これは願ってもいないチャンスである。
この時、雪舟は48才だった。

中国から戻ってきて、遅咲き(50才を過ぎてから)らしく、作品を書くために全国行脚の旅に出る。
そして旅先で仕上げた「破墨山水図」でやっと中国を超えたと高らかに宣言する。

何が言いたいかというと、雪舟は作品のうち6点が国宝に指定されている。
もし未発表の雪舟の作品を見つけたのなら、高価買取は間違い無し。
そのような日本画の買取額ってどのくらいのもなのか、
いささか興味が湧くというものである。

日本画の買取ってどこでやっているのでしょうか?
以前、友人から日本画を購入したのですが持っていても飾ることも無かったので買取して貰おうと思っています。
私が購入した時は30万円でした。

この値段が高いのかどうか分からなかったのですが、友人いわく非常に良い買い物をしたと言っていました。
向こうは商売なのでそう言うかもしれませんが、実際の価値が気になります。
30万円で購入した物が売ったら一万円とかだとショックが大きすぎます。

ただ、その可能性もあるから怖いですね。
実際、誰が描いたものかが分からないのです。
有名な人では無いようですが、絵には迫力があります。

そして、あまり見たことのない雰囲気の物だったので価値があると思って買ったのですが、
よくよく考えてみると流石に30万円は高い気がしてきました。
これが、有名な日本画の方であれば良いのですがその可能性も低そうですし・・・。

まずはお店に持っていって査定をして貰おうと思ったのですが、なかなか日本画を鑑定してくれる場所が近くに無いのです。
もちろん、リサイクルショップは断られました。
家の周りにはもう買取してくれるお店はありません。

インターネットで調べると出張買取などで、
日本画を買取ってくれるところが神戸にあるそうです。
そちらに依頼してみようかなと思います。